すべては僕の死因のために

「…っていうのが昨日の夜」
「おまえ、意味わかんねー!」

 そういってがははと笑う津多に小さく頷いてみせる。わかっているのだ。
例えばここは自殺にはうってつけの地上から四階の高さだけれど、僕は飛び降りようとは思わない。それどころか、窓から身を乗り出して空を見上げることすらも怖い。考えるだけで想像の黒雲が膨張して僕の視界を、世界との繋がりを覆ってしまう。

 何時のときも最悪を考えてしまうのだ。
黒雲の覆う僕の世界に僕は一人取り残されて、雲の切れ目を探して必死で空を見上げる。なんて滑稽なんだろう。
 僕は僕を笑う勇気すらないから、下手に心配されるよりこうして笑い飛ばされたほうが有難かった。
 津多はひとしきり笑ったあと、呆れたようにいった。

「…で、今日も生きてるおまえは、俺に宿題を写させてほしい、と」

 そう。
僕は今日も普通に呼吸を繰り返して、いつも通りに生きている。生きていて、ついでにいうと次の時間は数学だ。結局宿題には手をつけなかった。

「まあ、そうなんだけど」
「ばっかだなーおまえ! 俺くらい賢くなると授業がはじまってからでもよゆーで終わるんだぜ」

 つまりやってない、と。写すあてはたった今なくなった。休み時間は残り少ない。
僕は溜息をつきながら、悪あがきでもしようと教科書を開こうとした。 が、だんっと音をたて、表紙を手のひらで押さえられる。津多だ。

 顔を上げると目が合った。射るような鋭い目だ。鷹だったり鷲だったりはこんな目で獲物を見つめるのだろうと思う。津多は時々こんな目をする。
津多は津多の世界とそこに渦巻く確固たる論理に則って、外れるもの、理解できないと判断したものを敵とみなす。そうして彼の世界は成り立っている(のだと僕は信じていた)。

「なあ、何考えた?」

 何時になく真剣な声色に僕は体を強張らせた。何、を考えたか?

「…別に、何も」

 目線を逸らして、声を絞り出す。
少しの沈黙のあと、津多は浅く息を吐いた。

「なーにお前ビビってんの?」

 呆れたような、寂しそうな、調子の違う声色だ。

「別に…」

 動揺に気付かないふりをして、そっけなく言葉を返し、僕は思う。
やっぱり、僕は生きてい、る。 そしてすべては、