真夜中の電話

カーテン越しに月明かりが差し込むだけの暗闇に、着信を知らせるライトが点滅した。
次いで、音は鳴らないものの、携帯電話が振動する。ぶぶぶぶ、と震えながら机をじりじりと移動し、ついに端から落ちた。

ガタン

無音の世界に落ちるには大きな音だ。その音であなたは目を覚ます。床に落ちても着信は止まらない。
ぼんやりとした頭のまま、あなたは携帯電話を拾い上げて、ディスプレイを確認する。それは、登録した覚えのない、見知らぬ名からの電話だ。
苛立ちを感じながらも、あなたは電話に出る。

「…もしもし」

携帯電話を耳に押し当て、雑音混じりの声を聞く。
聞こえたのは、脳にすぅと染み込み馴染む声だ。まるで催眠のような。
感音の心地良さに、あなたは目を瞑る。



―――… こんばんは。良い御伽噺(おとぎばなし)日和ですね。
今宵はあなたに“真夜中の電話”の話をしようと思ったの。
私が誰かって? …覚えていないの? …まぁ、最後まで聞いてくれたらお話するわ。
目を瞑ったままで良いから、聞いていてね。

そうね、今と同じように、真夜中、一本の電話がかかってくるの。
その人は不機嫌に目を覚まして、非常識なやつだな、放っておけばそのうち止むだろう、と布団を頭までかぶりなおした。
けれど、電話はいつまでも鳴り続ける。電話は切っても切っても、繰り返しかかってくるの。
とうとう痺れを切らせて、その人は電話に出てしまうわ。

受話器の向こうから聞こえたのは、可愛らしい女の子の声だったのかもしれないし、あるいは老婆のしわがれ声が囁いたのかも。
そこで何があったのか、私は聞いていないのだけれど、まあ、何があったのかはあなたの想像にお任せするわ。
そして、それきり…。何の音沙汰もなく、その人は消えてしまったそうよ。

…え、その人がそれきり行方不明になったのなら、こうやって話が伝わることもないって? だから、今の話はただの都市伝説だ、と。
確かに、それも一理あるけれど、もし、電話が来る前にブランクがあるとしたら、どうでしょう?
たとえば、先にこうしてあなたが嘘だというこの話を伝えて、あなたが眠ってから再び…いえいえ、冗談ですよ。怖がらせるだなんて、とんでもない。

あら、もうこんな時間なのね。すっかり遅くなってしまったわ。
さいごまで聞いてくれてありがとう。
…あぁ、私が誰なのか聞いていない、と? それは、またいつか。

さあ、…おやすみなさい、良い夢を …―――



ツー・ツー・ツー・・・…

無機質な音だけを残して、電話が切れた。
薄ら寒くなったあなたは、携帯電話の電源を切って、布団の上に放りなげた。

そしてそのまま、夢に、呑まれてゆく。