影人

「―――…どうして、おじちゃんの影はみんなと反対なの?」


 夕暮れ時の小さな公園。
オレンジ色に包まれながら、男が一人立っていた。
親の立場であればすぐにでもお帰り願いたい、黒い帽子に、黒いコート。
男は、子達に話しかけるでも一緒に遊ぶでも、ましてや襲うでも攫うでもなく、ただ、立っていた。
それでも傍から見れば怪しいことに変わりはなく、寧ろ周囲の人間には怪しさを増して捉えられ、親に連れられてひとり、またひとりと公園からは子達の姿が消えていった。

 きゃいきゃいと、子達の楽しそうな声が聞こえなくなった頃のこと、
男のコートの裾を引っ張りながら、ひとりの子が不思議そうに問うた。
オレンジ色のワンピースを着たおんなのこ。
ひとりで遊びに来たのか、迎えも来ないのか、男のことを怖がりもせず無垢な瞳を向ける。

 どうして、おじちゃんの影はみんなと反対なの? と。

 傾いた夕日に照らされたおんなのこの影は長く、日が暮れ既に訪れた夜を向く。
すべり台も鉄棒も花も木も、おんなのこの世界のすべては、夜の方向を指していた。
けれど、おんなのこに重なるはずの男の影だけは、まっすぐ、太陽に向かって延びていた。

 おんなのこの小さな手を払おうともせず、音もなく男は振り向いた。

「おじちゃんはねぇ、太陽に嫌われてしまったんだよ」
「太陽ー? どうしてー?」

 好奇心で胸をいっぱいにして、おんなのこは男の帽子の中を覗き込んだ。
影になる男の顔は暗く、真っ暗、が広がっているだけだった。
不思議に思ったおんなのこが伸ばした手をやんわりと制しながら、男は喉の奥で低く嗤った。

「妬気に駆られたんだろうねぇ」
「と、き…?」

 聞きなれない言葉に、おんなのこは伸ばした手を引っ込めて、首をかしげた。
男は帽子を深く被りなおしてから、ゆっくりとおんなのこの目の高さにまでしゃがんだ。
真っ暗のなかから、口が現れた。

「そう、妬気だよ。おじちゃんは太陽に好かれすぎてね、嫌われてしまったんだ」
「…ふぅんー」

 きらわれちゃったんだ、と小さく口にして、おんなのこはうつむいた。
口の端でにやりと笑いながら、男は続ける。

「おじょうちゃんは、嫌われるのが怖いかい?」
「……」
「おじちゃんもねぇ、嫌われるのは怖いんだよ。 誰でもそうさ。嫌われるのは怖い。」
「…うん」

「おじょうちゃんは、この影が怖いかい?」
「ううん、こわくないよ」

 うつむいていた顔をあげて、おんなのこは男をみた。
真っ暗の中の射るような眼が、おんなのこを捉える。

「あぁ、まるで太陽だねぇ」


 日の暮れた小さな公園。
やわらかなオレンジ色は潰え、そこには、ひとり佇む男の姿があった。